~Maker Interview~
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フリースケールが語るIoTの世界に対する戦略

 半導体老舗メーカーであるフリースケール・セミコンダクタ。その前身であるモトローラの半導体事業部門まで遡れば、その歴史は優に50年を超える。そんな同社である。米国や欧州、日本、中国、韓国、インドなどの世界各地に、数多くの顧客を抱えている。
 同社は、そうした顧客に対して、プライベート展示会「フリースケール・テクノロジ・フォーラム(FTF)」を開催してきた。今年、日本では10月6日に開催予定であったが、惜しくも台風のため中止された。本インタビューはFTF ジャパン 2014のプレビューとしてイベント前に行われたため、当日披露される予定だった製品や技術、ソリューションなどについて、フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンのコーポレート・コミュニケーション部でマーケティング・コミュニケーション マネージャを務める古江勝利氏に、聞いたものである点をご理解いただきたい。

フリースケールの中に閉じない

2014年4月にダラスで実施された FTF America のテクノロジ・ラボ風景

今回のFTF ジャパンのメイン・テーマは「IoT(Internet of Things)」ということですがこのテーマを選んだ理由は何か。

古江 日本のエレクトロニクス産業を見渡したとき、パソコンや携帯電話機(スマートフォン)の製造台数は下降線をたどっており、テレビなどの民生機器についても東アジア・メーカーとの競争に苦戦している状況にある。この先、日本のエレクトロニクス・メーカーは、どこに力を注いでいけばよいのか。そう考えたときに最適なテーマが近年フリースケールが注力している「IoT」だった。
 IoTは、チップ単体の技術だけでは実現できない。マイコン、センサ、ネットワーク、クラウド・サービスなど、さまざまな技術やサービスを組み合わせる必要がある。多くの場面で日本が得意の「すり合わせて最適化する技術」が生きる。つまり日本企業にとって、IoT市場は大きなチャンスなわけだ。

これまでのFTFでも、メイン・テーマを決めていたのか。

古江 ここまではっきりと絞り込んだメイン・テーマを決めたのは今回が初めて。ほかの地域でもやっていない。当社にとって、非常にアグレッシブな取り組みである。

実施予定だった展示の内容を簡単に説明してほしい。

古江展示ではIoTの世界を6個のゾーンに分けた。6個のゾーンとは、自動車ゾーン、ヘルスケア・ゾーン、ウエアラブル・デバイス・ゾーン、家電ゾーン、産業クラウド・ゾーン、クラウド用データセンター・ゾーンである。
 それぞれのゾーンで、さまざまなアプリケーション機器を展示し、実際につながる技術をアピールすることを目指した。
 また、IoTという世界では、様々なデバイスが相互接続されることが前提となっているため、全て当社の製品だけで囲い込んでしまわずに、オープンなプラットフォームを目指しますよ、というメッセージも入れている。やはり囲い込みを行ってしまうと、IoTを実現できなくなってしまうからだ。競合他社が採用している別のプロトコルともつながらなければ、IoTは普及しない。フリースケールの中だけで閉じて満足してしまってはダメだ。

マイコンの進化が止まらない

IoT について熱く語る古江氏

今回展示を予定していた製品や技術の中で、特に注目すべき何か。

古江 大きく分けると3つある。
 1つはマイコンだ。とにかく、マイコンがすごい進化を遂げている。例えば32ビットARMマイコン「Kinetisシリーズ」の「KL03」という製品である。最大の特徴は、極めて小さいこと。32ビット・マイコンでありながら、実装面積はわずか1.6mm×2.0mmである。しかも消費電力が極めて低い。腕時計型のウエアラブル機器に搭載し、1個のコイン型電池で数年駆動することが可能になる。コアは、低諸費電力で定評のある「ARM Cortex-M0+」である。

 2つめはセンサである。今回展示するのは、3軸加速度センサと3軸磁気センサ、3軸角速度センサ(ジャイロスコープ)を1パッケージに収めた9軸のセンサ・モジュール。複数のセンサを組み合わせて補完することから、センサ・フュージョンと呼んでいます。IoT用途で使えるインテリジェントなソリューションであり、補完のイメージとしては、例えば自動車用途に向けたものだと、カーナビに搭載してトンネルなどの中でGPS信号を受信できないときでも、高い精度で位置情報を取得できるようになるといった類のものである。
 このように極めて制度が高くインテリジェントなソリューションであるのだが、最大のウリは開発プラットフォームにある。複数のセンサで取得したデータを処理する「センサ・フュージョン」の実現に向けて、Kinetisシリーズのマイコンを使って制御可能な開発用ソフトウエアを用意した。これを使えば、短期間でアプリケーション機器を開発できる。当社は、センサ・モジュール単体だけでなく、開発プラットフォームを含めたソリューションで勝負していく。

信頼性の高さで勝負

古江 3つめは、マルチメディア向けアプリケーション・プロセッサの「i.MX 6シリーズ」である。車載分野では、インフォテインメントやテレマティックス機器向けで当社は世界的に良いポジションにいる。しかし、自動車の走行に関わる機能などに使われるマイコンやプロセッサでは、国内市場では未だ強い立場にない。現在は、「徐々に採用され始めている」という状況だ。今後、この流れを加速させることで、この用途でも強い立場を築きたいと考えている。
 今回の目玉は、サラウンド・ビュー・システムに向けたクアッド・コアの「i.MX 6Q」である。それぞれ役割が異なる。i.MX 6Qは、複数のカメラで撮影した映像から自動車の真上から見た映像を合成する画像処理などに使う。1.2GHz動作の「ARM Cortex-A9」コアを4個集積した。

サラウンド・ビュー・システムに向けたマイコンやプロセッサは、競合他社も製品化している。フリースケールの製品を採用するメリットは何か。

古江 メリットは2つある。1つは、消費電力が低いことだ。画像処理には、高い計算能力が欠かせない。だからといって、電力をいくらでも食っていいわけではない。消費電力が大きければ発熱量が増えて、信頼性を損ねることになるからだ。もう1つは、−40〜+125℃と広い温度範囲で特性(スペック)を規定していることである。信頼性が高い。
 こうした低い消費電力と高い信頼性を実現できた背景には、当社の高い設計技術と製造プロセス技術がある。恐らく、競合するファブレス企業では、同程度の消費電力と信頼性を実現するのは困難だろう。

もっと小さく、もっと高効率に

IoT市場の将来像について、どのように考えているのか。

古江 ある市場調査報告書によると、2020年には500億個のセンサが地球上で動作しているようになるという。恐らく、この500億個のかなりの部分は、スマートフォンに接続されるセンサで、携帯電話網を介してクラウドにデータが送られる。例えば、ウエアラブルなヘルスケア機器で測定した生体情報や、人間や自動車などの位置情報などである。
 しかし、2020年あたりから、スマートフォンに接続されないセンサが爆発的に普及していくだろう。具体的には、橋やトンネル、道路などに取り付けるセンサである。これらを使って、信頼性に関するデータなどを収集するわけだ。収集したデータは、ZigBeeなどのさまざまなプロトコルでゲートウエイ装置と通信し、その後に大容量通信ラインを介してクラウドにアップロードされる。
 こうした将来像を考えると、現行のマイコンではまだまだ力不足だ。橋に取り付けるセンサ・モジュールにはマイコンが搭載され、エナジー・ハーベスティング技術を使って回収した電力で駆動される。現状の外形寸法では不十分。より一層の小型化が必要だ。消費電力についても、あと1桁下げる必要があるだろう。

1枚で6つのセンサを内蔵する Freedom 開発プラットフォーム

より小型化されるマイコンを用いた効率的な開発手法についてどのように考えているのか。

古江 色々なメーカーの選択肢がある昨今、いきなり高価な開発環境(ツールやソフトウェア)を導入するのはリスクがあると考える。ユーザはなるべく簡単に低コストで短期間でチップの評価やプロトタイプの動作まで完了して、最終的なチップの選定を行いたいのだと思う。そういった時勢の解としてフリースケールでは、1万円程度で購入できるモジュール式のTower System開発プラットフォームの提供を2011年より開始し、2012年からは更に小型で低価格のFreedom開発プラットフォームの提供を開始している。

これらのボードには予めオンチップのデバッガが搭載されているため、ユーザはICEなどのデバッグハードウェアを購入しなくてもマイコンのソフト開発が出来るようになった。また、mbed(エンベッド)やArduinoといったオープン規格にも対応し、無償のクラウドベースの開発環境が利用できるようになった。これらの環境では標準的にサンプルコードやアプリが用意されているため、ユーザの開発効率は飛躍的に向上している。基本的なドライバ一式は半導体メーカやツールメーカが用意しているため、ユーザは自社のアプリケーション開発に専念できると言える。

フリーダムボードの開発のコンセプトについて伺いたい。

古江 Freedom開発プラットフォームには2つの顔がある。1つはフリースケールのマイコンを使って非常に安価にアプリケーション開発が出来るハードウェアということ。ボードにはマイコンの他に加速度センサ、タッチセンサ、LCDパネルなどが搭載されており、追加のハードウェア無しにセンサネットワーク機器などのプロトタイプ評価が出来る。2つめは、mbedやArduinoのオープンな規格に予め対応していることで、開発コミュニティで活躍しているデベロッパーさん達にも利用しやすいハードウェアになっていること。フリースケールはこういったデベロッパー向けのトレンドに追従し、最近リリースされているFreedom開発プラットフォームは続々とmbed対応をアナウンスしている。従来の大型の基板に実装された実験室向けのボードではなく、USBでPCにつなぐだけですぐに動作するFreedomボードはまさに開発者に「自由」を与えるコンセプトのハードウェアだと言える。

フリースケール・ジャパン受付にて

最後に将来的なIoTのマーケットを見据えたとき、ハードウェアだけでなく開発ソリューションに対する展望をお聞かせください。

古江 IoTの実現は、半導体メーカー1社で賄えるものではありません。自社のポートフォリオと他社のポートフォリオを融合させて、柔軟で垣根のないシステムを作り上げる必要があります。フリースケールはパートナーと呼んでいる、様々なソリューションプロバイダ(ソフト、ツール、インテグレータ、モジュール)と協業して、トータルソリューションを提供しなければなりません。

ただし、ユーザからすると、どこの何と何を組み合わせれば良いのか、そういった情報はどこにあるのかという疑問があると思う。近年、チップワンストップさんをはじめとする電子通販への抵抗が無くなり、個人ユーザから大企業まで積極的に購入ルートとして活用している。チップワンストップさんのサイトに行けば、様々な周辺部品やモジュールが販売されており、文字通り、ワンストップでのデバイス選定と購入が可能となっている。今後は、IoT関連のアプリにも対応した製品組合わせ例を提案してもらえるサイトのリリースなどにも期待している。